その日は、突然やってきました。

 

毎日、夜になると水処理施設の門の前に行き、アーシア親子が元気にご飯を食べに

やってくる。そんな細やかな日常がずっと平穏無事に続けば、と願っていました。

アーシア達の元気な姿を見るとホッと安心し、元気にご飯を食べる姿を見ると、

一日の緊張から解放されるのを感じました。

 

でも、悲しい事にその日はやってきました。

 

その頃、私は、川崎で行われる“イタリアンロックlive”が間近に迫り、浮かれていました。

東京に向かう前日10/20の晩、いつもの様に水処理施設でご飯を上げにいきました。

前日10/19には食べに来ていたアーシアは最後までやって来ず、ピッキオとゴブリン

だけのご飯となりました。内心、

“明日・明後日は東京に行っていてご飯を上げに来れないので、今日はちゃんと食べに

来てほしかったな!”と思いながら。

 

 

アーシアは、基本的に人間に懐く猫ではなかった。私達に対しても、甘えずに一線を画した態度

だったが、いなくなる少し前辺りから、私達が帰りかけると、ジッと見ながらしばらく後を付いて

くる様になった。

 

結局、アーシアを見たのは、10/19が最後となりました。

 

何となくアーシアにご飯を上げれなかった事が引っ掛かり、私は予定を早め、10/21夕方

には名古屋に戻り、その晩ご飯を上げに向かいました。

水処理施設の門の横に立つ桜の木の枝で、ピッキオとゴブリンは私を待っていました。

私を見ると、今までは私たちの前でめったに鳴く事が無かったのですが、その日は2匹とも

“ミヤァーミヤァー”と悲しそうに鳴きながら私に駆け寄って来るではないですか。。

私は、様子が少し変だなと思いながらも、ご飯の用意をして食べさせました。

いつもは、食べ終わるとしばらくして中に帰っていくのですが、この日は

“ミヤァーミヤァー”と鳴いて中々帰りませんでした。

 

翌日、ご飯を上げにいきましたが、やはりアーシアは来ませんでした。

そして、ピッキオとゴブリンは悲しそうに良く鳴いていました。

私たちは、ピッキオとゴブリンがそろそろ親離れの時期になったので、アーシアは離れて

いったのかな、とも考えましたが、真相は?でした。

 

 

上の写真、ピッキオ(右)と仲良く一緒にいた頃のゴブリン(左)。ゴブリンは小さい頃からピッキオより

気が強く(怖がり?)、私達に向かって、母親の真似をして(?)よく”シャーッ!”と威嚇していた。

 

そして、それから数日後の10/24、この日が、私がゴブリンを見た最後の日になりました。

 

10/25以降、ゴブリンが私達の前に姿を現すことはありませんでした。

アーシアだけでなく、子猫のゴブリンまで消息不明になってしまうとは。。

一体、どうなってしまったのだろう。。

ただただ、2匹がどこかで元気にしている事を願うだけでした。

 

アーシア・ゴブリンがいなくなる少し前から、真ん丸でつぶらな瞳だった”ピッキオの目”が吊り

上がって”瞬膜”という猫独自の瞼が出てきた。不調を感じさせる姿は、見ていて痛々しかった。。

 

そして、可哀そうな事に、ピッキオは独りぼっちになってしまったのです。

それ以降、姉妹のゴブリンと一緒にいた桜の木の枝で、独りで私を待つようになりました。

今までにも増して、儚く悲しそうに鳴きながら。。

 

 

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